電車

電車に乗ったら、床に人が倒れてた。電車はそんなに混んでるってわけでもないけど、座席はうまっていた。シルバーシートの前に男は倒れていて、シルバーシートにはおじさんが一人、倒れている男性の足側に座っている。わたしが乗ったとき、みな倒れている男性を見ないようにしていた。次の駅で降りたカップルが「東京の人間は冷たいな!」と吐き捨てるように言った。車内がすこし空いたので、倒れている男性の近くに座っている人に「この人はどうしたんですか?」と聞くと、「知りません」と言われた。2つ隣に座っていた男の子が「酔っ払ってたみたいですよ」と教えてくれる。みんな、酔っ払いが寝ているだけ、と無関心だった。でも、男性はぴくりとも動かない。酔っ払っているにしたって、座ることもできないくらい具合が悪いのかもしれないし、急性アルコール中毒で倒れているのかもしれないし、意識があるのかもわからない。こわくなって、男性の肩を叩いて「大丈夫ですか?」と声をかけた。男性は頭をぴくりと動かした。意識はあるらしい。でも、何回か声をかけたけれど、反応したのはその一回きりで、もうぴくりとも動かない。隣の車両から心配して近付いてきたおじさんと、わたしの乗った2つ先の駅から乗ってきた若者2人が緊急停止ボタンを押してくれて、その音を聞いて駅員さんが走り寄ってきた。「倒れてる人がいるんです」と言うと、「あーハイハイ」と言われ、「私一人では無理なのでちょっと待ってください」と言われて、遅れてきた駅員さんと2人で男性を無理やり起こして電車から降ろした。男性は肩を支えられ、後ろからベルトを掴まれるかたちで引きずられるように駅員室のほうへと連れて行かれた。
まわりの人は一貫して無関心で、緊急停止ボタンを押したあたりからなんだか咎めるような目を向けられた。被害妄想かもしれないけれど、電車止めやがってみたいな目を向けられた気がした。声をかけたときも「近付かないほうがいいよ!」と言ってくるおじさんもいたし。それはわたしの身を心配してくれているのだというのはわかるのだけれど、もしあの男性が意識を失っていたら。息をしていなかったら。全然知らない人だけれど、みんな心配にならないのかな。同じ電車に乗っている人が死にそうかもしれないのと、関わりたくないというのは後者のほうが強いのかな。わたしは同じ電車に乗ってた人が死んでたっていうほうが嫌だから声をかけたけれど、関わらないほうがよかったのかな。わたしが最初に話を聞いた男の人は離れた席へ移って遠目からわたしのほうを見ていたし、シルバーシートに座っていたおじさんは「酔っ払いなんかほっとけ」と言っていたし、倒れていた男性は電車を無理やり降ろされてしまうし、わたしは余計なことをしてしまったのだろうか。なんだか、とても居心地が悪かった。わたしはわりと、悪いほうへ悪いほうへと考えてしまうたちなのですごく不安な気持ちになったのだけれど、もっと「あーあ、酔っ払いが寝てるよ邪魔だなあ」くらいに思ってたほうが良かったのかな。